HubSpot・Salesforceを「使いこなせない」本当の理由
CRM/SFAを導入したのに活用できない企業が多い本当の理由。ツールの問題ではなく、営業プロセスとデータ基盤の設計に原因がある。
渡邊悠介
導入したのに使われないCRM/SFA
Salesforceの年間ライセンス費用、いくら払っているか把握しているだろうか。1ユーザーあたり月額18,000円のEnterprise Edition、営業50名で年間1,080万円。HubSpotのSales Hub Professionalでも1ユーザー月額6,000円、50名なら年間360万円。
これだけの投資をしながら、「結局Excelに戻った」「レポートは手作業で作っている」「営業は商談管理にしか使っていない」という企業は珍しくない。ある調査では、CRM導入企業の約40%が「十分に活用できていない」と回答している。
なぜこうなるのか。ツールが悪いのか。営業のITリテラシーが低いのか。
どちらでもない。問題は「間」にある。
失敗パターン1: 機能追加病
SalesforceもHubSpotも、できることが多すぎる。ワークフロー、スコアリング、シーケンス、レポート、ダッシュボード、カスタムオブジェクト。導入を担当したSIerやコンサルが「こんなこともできますよ」と次々に機能を有効化する。
半年後、誰も全体像を把握できなくなる。
あるSaaS企業では、Salesforceに120個のカスタムフィールドと47個のワークフロールールが設定されていた。退職した前任のSalesforce管理者が作ったもので、どのルールがなぜ存在するのか誰もわからない。フィールドを1つ削除するとワークフローが壊れるかもしれないから、誰も触れない。
機能追加は技術的負債の蓄積だ。CRM/SFAでも、ソフトウェア開発と同じことが起きている。
失敗パターン2: 現場不在の設計
CRMの初期設計を誰が行ったか。多くの企業で、それは情報システム部門か外部のコンサルタントだ。彼らはツールの機能には詳しいが、営業の日常業務を知らない。
「商談のステージ定義を教えてください」と営業マネージャーに聞く。マネージャーは「初回接触、ヒアリング、提案、交渉、受注」と答える。しかし現場の営業に聞くと「初回接触とヒアリングの境目がわからない」「提案前にPoC(検証)が入ることが多い」「交渉と言っても社内稟議待ちと価格交渉は全く別のフェーズだ」と言う。
マネージャーの頭の中の理想プロセスと、現場の実態プロセスは違う。現場の実態に合わない設計をしたツールは、使われなくなる。
失敗パターン3: データ統合の欠如
HubSpotにマーケティングデータがある。Salesforceに商談データがある。カスタマーサクセスのデータはスプレッドシートにある。請求データは会計ソフトにある。
「リードから受注までの全体ファネルを可視化したい」。経営層はそう言うが、データが4つのシステムに分散していて、統合する仕組みがない。結局、月次会議のたびに誰かがExcelで手作業で突合している。
CRM/SFAは単体で完結するツールではない。マーケティング、セールス、カスタマーサクセス、ファイナンスのデータが一気通貫でつながって初めて価値を発揮する。その統合設計を誰もやっていないから、「使いこなせない」のだ。
ツールの問題ではなく「翻訳者」の不在
3つの失敗パターンに共通する本質は何か。それは「営業プロセスとツール設定の間を翻訳する人間がいない」ということだ。
情報システム部門はツールの機能を知っているが、営業プロセスを理解していない。営業マネージャーは営業プロセスを知っているが、ツールの設計思想を理解していない。外部コンサルはベストプラクティスを知っているが、自社固有の業務フローを理解していない。
必要なのは、以下の3つを同時に理解している人間だ。
- 営業プロセスの実態 — 現場の営業がどのように動いているか、何に時間を使っているか、何がボトルネックになっているか
- ツールの設計思想と技術的制約 — Salesforceのオブジェクト構造、HubSpotのデータモデル、APIの仕様と限界
- データ基盤の全体設計 — どのシステムのどのデータをどう統合し、どの指標を算出し、誰がどのレポートで意思決定するか
この「翻訳者」の役割こそが、GTMエンジニアだ。
GTMエンジニアが果たす「橋渡し」の具体
GTMエンジニアがCRM/SFA活用プロジェクトに入ると、何が変わるのか。
やること1: 営業プロセスの可視化から始める
ツールの設定画面を開く前に、営業同行する。商談録画を見る。営業のカレンダーを分析する。「実際に何が起きているか」を把握してから、ツール設計に入る。
やること2: 最小構成で始めて段階的に拡張する
初期設定は必要最低限の項目とワークフローだけ。2週間使ってもらい、フィードバックを回収し、改善する。大規模な初期構築ではなく、アジャイルな反復改善を行う。
やること3: データフローの全体設計を描く
CRM単体ではなく、リードジェネレーションからカスタマーサクセスまでのデータフローを設計する。どのシステムが「正」のデータを持ち、どの方向にデータが流れ、どこで集計するか。この全体図がないまま個別ツールを設定しても、データのサイロ化は解消しない。
やること4: ダッシュボードを先に設計する
「どんなレポートが欲しいか」ではなく「どんな意思決定をしたいか」から聞く。週次の営業会議で見たい数字は何か。マネージャーが毎朝チェックしたい指標は何か。意思決定の場面から逆算して、必要なデータとレポートを設計する。
成功企業のアプローチに学ぶ
CRM/SFAの活用に成功している企業には共通点がある。
共通点1: ツール導入の前に営業プロセスの合意がある。 「うちの営業プロセスはこうだ」という共通認識が、マネージャーと現場の間で一致している。ツールはそのプロセスを支援する道具として位置づけられている。
共通点2: 管理者が営業経験を持っている。 Salesforce管理者やHubSpot管理者が営業出身、もしくは営業と密に連携している。「これは現場で使えるか」という判断基準を持っている。
共通点3: 四半期に一度、設定を棚卸ししている。 使われていないフィールド、形骸化したワークフロー、意味をなさなくなったレポートを定期的に削除している。ツールの設定も、コードベースと同じように保守している。
CRM/SFAは「設定するもの」ではなく「設計するもの」
HubSpotもSalesforceも、優れたツールだ。問題はツールにはない。
問題は、営業プロセスの理解なき設定、全体設計なきデータ統合、保守なき機能追加にある。CRM/SFAは「設定するもの」ではなく「設計するもの」だ。
そして、その設計を担えるのは、営業プロセスとテクノロジーの両方を理解した人間だ。ツールベンダーでも、SIerでも、営業コンサルでもない。営業の現場を知り、データ基盤を設計し、ツール間の統合を実装できる人間。
あなたの会社のCRM/SFAが「使いこなせない」なら、ツールを変える前に、「誰が設計しているか」を問い直してみてほしい。
よくある質問
- HubSpotやSalesforceを使いこなせない本当の理由は何ですか?
- ツール自体の問題ではなく、営業プロセスとツール設定の間を翻訳できる人材がいないことが本質的な原因です。情シスはツール機能に詳しいが営業を知らず、営業マネージャーは業務を知っているがツールの設計思想を理解していない。この『間』を埋めるGTMエンジニアの役割が必要です。
- CRM導入で失敗する典型的なパターンは何ですか?
- 3つの典型パターンがあります。SIerやコンサルが次々に機能を追加して全体像が把握不能になる『機能追加病』、現場の実態と乖離した設計をする『現場不在の設計』、複数システムのデータが分断されたままの『データ統合の欠如』です。
- CRM/SFA活用に成功している企業の共通点は何ですか?
- ツール導入前に営業プロセスの共通認識がマネージャーと現場で一致していること、CRM管理者が営業経験を持つか営業と密に連携していること、四半期に一度使われていないフィールドやワークフローを棚卸ししていることの3点が共通しています。
- GTMエンジニアはCRM活用において何をしますか?
- まず営業同行や商談録画の確認で営業プロセスの実態を把握し、最小構成でCRMを設計して2週間単位でフィードバックを回収・改善します。さらにCRM単体でなくリード獲得からカスタマーサクセスまでのデータフロー全体を設計し、意思決定の場面から逆算してダッシュボードを構築します。